~Russia~ Khabarovsk ハバロフスク 氷の女王が愛する街


Khabarovsk ハバロフスク

ウラジオストクから766km。

アムール川河畔に開かれた極東ロシアの中心地。
この街を一言で言い表すなら、
氷の女王が愛する街。
   
   
この辺りは赤レンガを意識して作られた旧市街
カムチャッカもウラジオストクも寒く、海も滝も湖も川も凍りついていたけれど、
それでもここが1番寒く感じました。
私の滞在中のここの平均気温は-20度。
カムチャッカは-30度を越す日もあったけど、そこまで寒いとは感じませんでした。
ロシアに来て初めて、寒いと心底感じたのがここ、ハバロフスクでした。
街中のいたるところに氷の彫刻が飾られています。
光や陽を浴びてキラキラ輝く彫刻たちはとても美しく、18時を過ぎるとライトアップもされます。
氷の女王はさぞご満悦だろうなと思いながら街を歩きました。
   
   
   
   
   
   
   
街は丘からなっているため、坂道の多い街です。
アイスバーンになっているところも多く、滑りやすい!
なのにみんなヒールで歩いていてすごい!
 結構坂道。向こう側の道見えます?
元々の小川だった2本の谷筋を並木通りにしてあり、美しいプロムナードになっています。
冬は人影まばらでしたが、夏は人でにぎわうのだろうなと思います。
冬も元気に犬は散歩していました。
   
   
ハバロフスクには有名な3つの教会があるそうです。
そのうちの2つに行ってきました。
1つめがウスペンスキー教会
 18時になるとみなが祈りをささげにやってきます。
2つめがブレオブラジェンスキー教会
   
街はそれほど大きくないのでメインは歩いて回れます。
私は脇道が好きなのでついつい道を外れてしまいますが、そこで可愛い子たちに遭遇!
空き家に住む毛がふさふさのにゃんこたち。
気が付いてよ!と言わんばかりに歩く私ににゃーっと呼び掛けてきました。
   
カムチャッカで出会った猫たちもみんな毛がふさふさ。寒さ故ですかね?
そしてこいつら・・・ スズメのなる木
   
1本の木に100羽くらいいる勢い!ころころしてて可愛いけどすごいたくさんでびっくり☆
中国との境になるアムール川は
すっかり凍っていました。
もはや川であることすらわからないほど。遊覧船乗り場が不思議な存在に見えてしまいます。
   
川沿いの遊歩道から。
   
夏はまた違った賑わいを見せるのだろうと思いますが、冬は歩く人もまばら。
ここでも綺麗な景色を独占です。
銅像も寒そう。
   
展望台の吹き曝しにたったら3分で心臓止まりそうでした。
恐ろしい寒さ。
 老夫婦の仲睦まじい感じが羨ましい。。
展望台を降りるとスポーツ公園になっていてスケートリンクがありました。
やってみようかなと思ったけど、寒いし、みんなのレベルが高そうだったので断念。
昔、シベリアでは約6万人もの日本人抑留者が過酷な労働と厳しい気候のために亡くなりました。
ハバロフスクには亡くなった抑留者のための日本人墓地や平和慰霊公苑があります。
   
この川の遊歩道からウスペンスキ教会まで続く階段は、日本人抑留者も多く建設に従事したと聞きました。
それを知ってか、階段から見渡す景色は美しく、切なく儚くそしてどことなく悲しく感じます。
寒さで悲しみを煽られ涙まで出てしまいます。
   
どれほど寒く辛く悲しかったかを思うと胸がしめつけられて、なかなかその場を動けませんでした。
抑留者の方々が汗を流し、涙を流し、命を削り作った階段。
この階段に滞在した4日間毎日通いました。
そして毎日この掃除を一生懸命掃除しているおじさんと言葉を少しかわすようになりました。
この階段を大事にしてくれていることに感謝を込めて「スパシーバ」と。
なぜ私がスパシーバをいうのかわからないようだったけど、説明も難しいし、いう必要もないので
ただただスパシーバと毎日声をかけました。
ハバロフスクには、ロシアの第2次世界大戦犠牲者慰霊碑や永遠の火などもあり、日本のことだけではなく、それぞれの国のそれぞれの痛みや悲しみが伝わって来ます。
   
   
あの時代、勝とうと負けようと、全ての国が痛みをおい、犠牲を払い、悲しみに沈んだことを、戦争の歴史を見つめ直す時間にもなりました 。
  忘れてはいけない歴史。
ハバロフスクに住む氷の女王は凍りの微笑を湛えながら 愚かな人間の歴史を見詰めているのかなと思いました。
心に引っかかることの多かったハバロフスク。とても後ろ髪をひかれる気持ちで次の目的地へと出発。
    ハバロフスクの駅
 夜もシベリア鉄道は忙しそう
 またね。ハバロフスク




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