Bosnia・Herzegovina ボスニア・ヘルツェゴビナ ~Sarajevo サラエボ~


        「Gallery 11/07/95」より  

私たちが希望に溢れ、前途洋々の未来を思い描いていた頃
ここでは紛争が起こり、人々は未来に絶望していた。
私たちがおしゃれや恋に夢中になり、友達や恋人と微笑みあっていた頃
ここでは親友や恋人に銃を向け、血と涙を流しながら恐怖に怯えていた。
それほど遠くない歴史の中
同じ時代の出来事。

  道にはたくさんの爆弾の跡が今でも残っている。

モスタルから首都サラエボへ。
嫌でも紛争の歴史を考えさせられずにいられない場所。
泊まったホステルの場所は、当時この道を歩けば100%命を落とすと言われた通称スナイパー通り。
街には砲弾で大量の死者を出した爆弾跡を赤く塗った「サラエボのバラ」と呼ばれる悲しいマークがあちこちにある
歩いてすぐの公園前には、罪のない子供たちが砲弾をうけ集団で犠牲になった場所があり
ひときわ赤く塗られた「バラ」と慰霊碑が行き場のない悲しみを引き受けるようにひっそりと建っている。

   

サラエボのバラ
世界で一番悲しいバラ。二度と咲かせてはいけないバラ・・・

   

サラエボには紛争にまつわるミュージアムがたくさんあるのだけど
最初から最後まで泣きっぱなしだったミュージアム「Gallery 11/07/95」
当時の戦闘の様子やインタビューのフィルム、犠牲者の写真、皮肉ったアートなど
胸に深く深く突き刺さってくるものばかり。

   

3年半に渡る紛争で死者は20万人
「Gallery 11/07/95」より

数年前にはオリンピックが開催されたこの土地で・・・

   

「I’M YOUR BEST FRIEND I KILL YOU FOR NOTHING」
~私はあなたの親友で、何のためにあなたを殺すのですか
友人や恋人と戦った、それがこの紛争
「Gallery 11/07/95」より

どれほどの恐怖と脅迫感へ追い込まれたら
人は狂気に陥り友や恋人を撃つことが出来るのだろう
想像を絶する痛みと悲しみ

   

紛争中、ボスニア軍が物資や人を運ぶために掘られたトンネルは800mに及ぶ

 

トンネルの出入口は民家が利用された
写真はその家主の一族

     

当時の戦闘の激しさを残したままの民家があちらこちらに佇んでいる。

   

トンネルからの帰り道
バスの車窓から
余りにも大きな砲撃の跡に胸をつかれる
普通に人の住む公共アパート

 
どんなニュースも簡単に引き出せる今
けれど決して現場の痛みや悲しみ、本当の恐怖を伝えることは出来ない。
電波で受け取る遠い空のニュースは、チャンネルを変えれば胸の痛みは減り
電源を落とせば悲しみも記憶もやがて消え去っていく。
私はそうだった。
ボスニアって行って大丈夫なんだっけ?そんな程度の軽い認識しかなかった。
もっと世界を意識して生きなくてはいけないと思った。

これを書いている今も
これを読んでいる今も
世界のどこかでは紛争している国があり
恐怖に怯えている人たちがいるということ

みんなで世界平和を祈っても平和にはならない。
けれど、みんなで世界平和を意識していれば少しずつ変わっていけるかもしれない。
変えていかなくてはならない。
そう感じたボスニアの空の下。

それでも今はこの国の永遠の平和のために
心を込めて Pray for the Sarajevo

   

公園でチェスを楽しむ人々




追記
今のボスニアは明るく平和に落ち着いています。
失くしたものの重さや痛みがわかるからなのか、ボスニア紛争は何だったんだろうと思うほどどこに行っても旧ユーゴの人たちは優しく温かい人ばかりでした。
砲弾跡を赤く塗り「バラ」として残していることも、悲しい歴史から目をそらさず、しっかりと受け止めて今を生きているのだと感じます。
モスタルで胸に響いた言葉、DON”T FORGET BUT DO FORGIVE FOREVERを思い出しました。
バスで隣に座ったおばあさんが、よく来たねというように突然私の手を握り、目を見つめながらうんうんと微笑み、
言葉がわからないのでお互いに懐き合うしかできなかったけど、
温かいおばあさんの手は、激動の時代を生き抜いてきた証を私に示してくれたように思えました。

   

Special thanks追記
サラエボでポーランドを拠点に翻訳家として活躍されている須田さんという方にお会いしました。
ガイドもたじたじの完璧な英語。
彼のおかげでサラエボのバラの話や紛争にまつわる話を詳しく聞くことが出来ました。
よく考えたらプロの方に直接翻訳して頂きながら説明を聞けるなんてものすごく有り難いこと。
なのに失礼にも、出しそびれたハガキ出しといてください、とか余計なお願いまでしてしまった。。今更反省。。
出会いに感謝すると共に、日本人の素晴らしい海外での活躍にエールを送りたいと思います。




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